衝突回路

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コタツ星

短いですが小説を書きました。続き物ではないのでさらっとお楽しみください。
 冷え切った外気が容赦なく壁に浸透し、室内の気温を下げている。雑然とした六畳間に残された唯一の温もりは中央のこたつのみであった。
 背を丸め、向かい合ってこたつに張り付くように2人は座っていた。こたつの上に愉快なものがあるわけでもなく、かといって愉快なものを探しに外に行く気力もなく。
 要するに退屈だった。しかも寒かった。
 最近大学生活にも飽き始めた姉の方が、あごをこたつに乗せたまま急に語り出す。
「こたつって……地球に似てるよね」
 こたつに密着しているため、あごの動きに連動して姉の頭がむにむにと動いた。何かを悟ったような恍惚の表情を見せる姉を前に、最近小学校生活にも実はストレスが多いと感づいた弟の方は、素直に思うところを口にした。
「姉ちゃんっていつも頭おかしいよね」
「子供はそんな言葉覚えんでよろしい。だいたい私のこれは芝居みたいなもんだから」
「姉ちゃんいい役者になれるよ」
「年寄りくさいな、うちの弟は……」
 口元にげんこつを添えて一つ咳払いをすると、姉は両肘をこたつに立て、組んだ手にあごを乗せた。
「さておき。私たちが暮らしているこのコタツ星の真ん中にはあつーい溶岩があります」
 そう言いながらこたつの中に手を入れると、姉がこつこつと天板の裏を叩いてみせた。なんとなく姉の言いたいことがわかってきた弟が確認を入れる。
「その赤いやつが溶岩? こたつの真ん中にあるやつ」
「そういうこと」
「そこ触ってて姉ちゃん熱くないの?」
「神さまだから平気です」
 どこから降ってきた発想かは不明だが、ともかく今からこの部屋は宇宙であり、姉はコタツ星を生んだ神になったらしい。だいたい姉の意図が理解できたところで、弟がこたつの上や周りを見回す。何一つ面白いものはない。
「ねえ、この星誰も住んでないの?」
「そんなことないよ。私たちには見えないくらい小さな命がたくさん根付いてるさ」
 ふーんと一応うなずいた後、弟がこたつ布団の端をつまんでつぶやいた。
「ダニやノミがたくさんいるもんね」
「余計なイメージ付け加えんでよろしい!」
 姉がこたつ布団を両手で掴みばさばさと埃を飛ばし始めた。大量の冷気がこたつに滑り込む。
「姉ちゃん寒いよ!」
「たまには天災も起きるのが自然の掟……さっぶぅ」
 2人揃ってこたつに身をくっつけぶるぶると身を震わせる。弟が呆れ顔で非難の声を上げた。
「何やってんだよ姉ちゃん」
「しょうがないでしょ。あー、喋ってたら喉が渇いてきたな」
 部屋の隅に置かれた、ふたの半分開いたダンボール箱に姉が目をやった。その視線を弟が追う。姉が何を言い出すかすぐに予想がついた。
「そこの惑星からみかんを採取してきてちょうだい」
「僕が一度こたつに入ると2時間は出ないの知ってる?」
「知ってるけど知らなーい」
 姉の指示を断っても無駄なことを知っている弟は、一つため息をつくと離陸の準備に入った。
 こたつの温もりで弛緩しきった胴体に力を込める。ダンボール箱をにらみ、みかん確保までの手順をシミュレーションする。
 3歩でダンボール箱に近づき両手で素早く4個のみかんを確保、身を翻しダイレクトでこたつにダイブ。体に溜めた熱が抜け切る前にぎりぎり間に合う。
 だいたい計画が固まったあたりで、神が気まぐれにささやいた。
「面倒だから箱ごと持ってきておくれ」
「色々台無しだよ!」
 こたつの抱擁を離れ過酷な外界へと旅立った弟は、凍える手足に力を込めダンボール箱を強引にこたつの側まで引き寄せた。
 姉が満足げな表情でみかんを3つ取り出し、冷え切った体の芯を温め直している弟に問いかける。
「初めての宇宙旅行はどうだったかね」
「死ぬほど寒かった」
「そら宇宙だもんねえ」
 実に愉快そうな顔で話しかけてくる姉にだんだん腹が立ってきた弟は、姉が取り出した3つのうち2つをぶんどって両手に構えた。
「なにすんのよ」
「姉ちゃん、星が2つくっついたらどうなるんだっけ」
 そう言いながら、2つのみかんを徐々に近づけていく。弟の小さな手と手の間でみかん同士が接触し、圧力に負けて軽く変形した。
 弟がこたつのすぐ側に置かれたダンボール箱を指差す。
「コタツ星、大変なことになってるんじゃないの」
「……あー、いや」
 弟の追及から逃れるように視線を宇宙へと泳がせる。ますます弟の眼差しが険しくなったところで、姉の脳裏にちょうどいい解釈が浮かんだ。
「ああ、そーだ! その惑星は今、コタツ星の衛星になったんだよ」
「コタツ星の周りを回り始めたってこと?」
「そういうこと。丸く収まったね、星だけに」
「四角だから。じゃあ姉ちゃんそれ回してきてよ」
 改めて弟がダンボール箱を指差す。姉の顔を無言で見つめる。
「…………」
「……言いたいことは分かったよ。みかんむいたげるから許しておくれ」
「まあ、いいけど」
 いまいちみかんの皮むきのコツが分からずいつも時間のかかる弟の方としては、悪くない提案である。
 むき終わったみかんをそれぞれ手に取り、淡い橙色の房を一つ一つ千切って口に放り込んでいく。柔らかな果肉に歯が食い込むと同時に、甘酸っぱい果汁が舌の上にじわりと広がる。
「あぁー……やっぱこたつにはみかんだわー」
「姉ちゃん間抜けな顔してる」
「水ささないの。これを堪能せずして何のためのこたつか」
 愛おしげにみかんを頬張る姉の顔を眺めていた弟の頭に、ふと疑問が浮かんだ。
「ねえ、コタツ星の人たちは何食べてんのかな」
「ん? そうだねえ、お米とか野菜とか果物とか……色々食べてると思うよ。宇宙に行けるくらいだから、地球と同じぐらいの生活水準じゃないかな」
「宇宙行ったの僕だから。っていうか、畑があるの? この星」
 こたつの硬い天板を弟が手のひらでペチペチ叩く。肥沃な大地とは程遠い、岩盤だらけの不毛な星を連想させる。
 やけに得意げな表情で、姉が2つ目のみかんに手を付けた。
「違う違う。この星の住人はこたつの中に住んでんの。年中太陽に照らされた楽園やね」
 そう言いながら、手慣れた手つきでみかんの皮を裂いていく。なんとなく姉の考えを察した弟が確認を挟んだ。
「その赤いやつが太陽? こたつの真ん中にあるやつ」
「そーそー」
「さっきそれ溶岩って言ってなかった?」
「太陽にした方が面白いじゃん」
 みかんを口いっぱいに含んだまま、緩みきった顔で神が星を作り直した。この世界には生まれ変わりたくないと思う弟であった。
「なんせこたつの中だからね。いつでもどこでもぽっかぽか」
「冬はどうなんの?」
「そもそも冬が無いんだよ。コタツ星の住人は毎朝辛い思いをして布団から這い出る必要もないのです」
 弟の喉がごくりと鳴った。かつて寝起きの苦しみに耐えきれず、冬を回避するために人間も冬眠すればいいのにと家族に提案し大爆笑された弟の方としては、真剣に移住を検討せざるをえない環境だった。
 にわかに弟の表情が鋭くなる。
「もしかして、雪も降らないとか?」
「まー降ったらおかしいよね」
「なにそれ。今すぐ引っ越したいんだけど」
 急にテンションの上がってきた弟の様子に、姉が半笑いでため息をついた。
「あんた子供のくせにほんっと雪嫌いだね」
「当たり前じゃん! 雪積もったって有り難がられるのは最初だけだよ、すぐに溶けて土まみれのぐちゃぐちゃな雪でいっぱいになるし、日陰じゃ溶けずに固まった雪がびっちり陣取っててもう歩きにくくて、しかもあれ」
「わかったわかった。早く春が来るといいね」
 興奮し出した弟を制しつつ、姉が複雑な苦笑いをその顔に浮かべる。精神年齢的に他の子供より早く老けるであろう、自分の弟の将来を案じるばかりである。
「しかし適当に作った星のわりには中々愉快に仕上がったね。地面はふかふかだしこりゃ快適な環境だわ」
 こたつの中で姉が足を滑らせる。足裏から厚手のカーペットの心地よい感触が伝わってきた。
「地面が全部柔らかいから建物とかもみんなふわふわ。柔らかい素材しかないの」
「それはそれで不便な気もするけど……でも、どこでも横になれるのはいいなあ、いて」
 こたつの中で、行儀の悪い姉の足先が弟の足にぶつかった。すかさず弟がかかとキックを返す。
「姉ちゃん足伸ばしすぎ」
「ほー、神にケンカを売るとは大胆だね」
 まるで弟の反撃を読んでいたかのように、間髪入れず姉の足が弟の足先に絡みついた。こたつの中が見えているかのごとく、器用に足裏をくすぐり始める。
「ひはは! やめ、やめて」
「こたつ戦で姉にかなうと思うなよ」
「コ、コタツ星がめちゃくちゃになるよ! ぶはっ!」
「畑を耕してるだけだもんねー」
 手足をこたつにぶつけてガタガタ揺らしながら弟が悶え苦しんでいる。こたつの外から見れば実に楽しげだった。
 この状況下でなおこたつの外に逃げないあたりがさすがこの弟である。さらに追撃を仕掛けんと、姉が深くこたつ内に身を潜り込ませた直後だった。
 突然部屋のドアが開いた。
「あんたたち、いつまでこたつに入ってんの!」
 異星人の侵略、ではなく、母ちゃんだった。
 呆気にとられる姉弟に確認を取るでもなく、いきなり母がこたつの電気コードを引っこ抜いた。反論させる間すら与えずたたみかける。
「風呂が冷めるからさっさと入んなさい!」
 それだけ言うと母は去っていった。この間たったの十秒である。
 余りにも早い大変動の後、部屋にはぽかんとした表情の2人と静寂だけが残った。
 しばらく呆然としていた神とその使いだったが、不意に弟の方がか細い声を上げた。
「寒いよ……氷河期が来たよ……」
「短かったな、コタツ星の栄華は……」
 わずかな温もりの残り香にすがるように、しばらくの間こたつに寄り添っていた2人だったが、姉の方が意を決してすっと立ち上がった。すっかり疲れ切ったような顔をしている。
「風呂行くぞー」
「……あーい」
 腰の根元から背を丸め、やっとの思いで弟がこたつから抜け出した。首をすくめてのそのそ歩く様はさながら亀である。
 姉の後ろに続いて廊下を歩いていた弟がふと声を上げた。
「ねえ、あの後コタツ星どうなったの?」
「んー? さあ。コタツ星はもうただのこたつに戻っちゃったよ」
 どうでもいいという風で姉がでかい欠伸を垂れた。その背後でひっそりと弟がため息を漏らす。
 この姉はいつもこんな調子である。こっちがだんだん楽しくなってきたあたりで、急に空想の世界に飽きてしまうのだ。しかし「面白いからもっと続けてよ」とでも言おうものなら姉が図に乗るのが目に見えているので、弟の方としては黙っている他ないのであった。
 何だかんだで自分もまだまだ子供だなと思う。その発想自体が年寄りくさいとは気づけない弟だった。

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