衝突回路

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本日もゲー音にて。 第二話

ひさびさに小説書きました。『本日もゲー音にて。』の第二話です。
一話を公開してからずいぶん経っちゃいました。すいません・・・。
おそらく一話の存在自体が忘れられてると思うのでリンク張っておきます。

→第一話へ

ge-onhyousi2.png

「まーいー。一緒に食おうぜー」
「んぉ」
 騒がしい昼休みの教室、ちょうど弁当のごましおご飯をほお張っていた真衣に話しかける女の子がいた。入学して最初に知り合った友達、里乃だ。
 米とおかずがぎっしり詰まった真衣の弁当箱を見て里乃が「ぷっ」と吹き出す。
「前から思ってたんだけどさ、真衣って体ちっこいのにすんごい食べるよね」
「そう? 中学の時からずっとこんくらいだけど」
 黙々と箸を動かす真衣の前の席に座ると、里乃は自分の弁当箱のふたを開けてプラスチックの箸を取り出した。
「太らない? それだけ食べてて」
「ぜんぜん。里乃はそんなんで足りんの?」
 里乃の弁当箱はご飯が少ない代わりに、やたらと野菜が詰め込まれていた。物欲しげに里乃がため息をつく。
「足りなーい。最近体重ちょっと増えてきてるから仕方ないのよ」
 勢いよくご飯をかき込む真衣を恨めしそうな目で里乃が見つめる。このまま食事の話をしていると里乃がぶーぶー言い続けそうなので、真衣は話題を変えることにした。
「そういやこの前貸したやつどうだった? ポコモン」
「おっ、そうそうアレすんごい面白かったんだよ! しばらく借りるね」
 モンスターを捕まえて戦わせたり交換したりして遊ぶRPG、通称ポコモン。里乃が何かゲームをやってみたいと言うので先日真衣が貸したのだ。
 里乃は今までゲームを遊んだことが全くないと言っていた。おそらく興味半分で触ってみたいと言っているだけで、実際遊ばせてみてもよく面白さがわからないまま飽きてすぐ返しに来るだろう、と真衣は内心思っていた。
「なんか結構ハマってるみたいだね。どこまで行ったの?」
「とりあえずエンディング見た。今は図鑑埋めてるとこ」
「え? もう?」
「そんでさー、モンスターの交換もやってみたいからクラスにポコモン広めてる最中なのよ。ヒトミが弟の借りて遊んでみるって言ってたから、まずはそのへんから交換ルート増やしていこうかなーと」
 ブロッコリーをバリバリ噛み砕きながら里乃が興奮気味に話す。予想外の反応に真衣はしばらくきょとんとしていた。
 自分もやり込んだゲームとはいえ、一度は飽きて引き出しの奥にしまい込んでいたソフトだ。それが今になって他の人の手元で活躍しているというのがちょっと面白い。それに自分が勧めたものに友達が熱中しているのを見ると、なんだか自分が褒められているような気がして妙な満足感を覚える。
 何かに気づいたのか、急に里乃の箸が止まった。
「あ、だったら自分のソフト買ったほうがいいかぁ。ずっと真衣から借りっぱなしって訳にもいかないし」
「別にいいよ。今はポコモン遊んでないし」
「いやっ、むしろ今こそ遊ぼうぜ! 人数多い方が絶対たのしーもん」
 箸を持ったまま里乃が腕を組む。しばらくうんうんと唸って何かを考えた後、くるりと箸を回してにっと白い歯を見せた。
「うん、こないだ妹に貸したお金返してもらえば足りる! 今日ソフト買ってくるわ」
「そ、そう」
「ほんで今育ててるモンスターを新しいソフトの方に移して、と……んじゃ明日か明後日にはソフト返せるから。とりあえずこれで仲間2人目ね」
 仲間2人目、つまり真衣が一緒にポコモンを遊ぶことはもう確定事項らしい。その強引さに呆れつつも、ポコモンは多人数でやると確かに楽しいよなと改めて真衣は思う。里乃の行動力を見ていると、本当に数週間後にはクラス中にポコモンが流行しているような気さえした。
 話に区切りがつくと同時、矢継ぎ早に里乃の口から次の話題が滑り出す。
「あ、そういやさ真衣ってあの……なんだっけ、ゲームかなんかの部活入ってるよね」
「ゲー音ね。ゲーム音楽部」
「そうそうそれ。そのゲー音に相沢君っているでしょ? 隣のクラスの」
「ああ夕兎か」
「そうっ! あの子ちょーかわいくない? 男の子なのにフトモモむっちゃキレーだよね」
 なぜそこに注目する。一言物申したくなるのを抑えつつ、真衣は口の中に残っていた米をごくりと飲み込んだ。
「見た目はああだけど、性格はふつーに男子だよ。ゲーム好きだし」
「へえ。あ、仲いいの?」
「ふつう」
「ほう……」
 好奇心丸出しの目つきで真衣を見つめる里乃。何を期待してるんだ、という呆れ顔で真衣が見返すと、里乃は何とも言えないにやけた表情を浮かべた。
「ま、それはともかく。相沢君が気になるって奴があたしの周りに沢山いんのよね。どういう子なの? 彼女いる?」
「いや、私もまだそこまで親しくないし。掴みどころのない性格してるからよくわかんないよ」
「じゃーさ、なんで女子の制服着てんの? なんか訊いてみたよね?」
 ずい、と前のめりになって勢い良く喋る里乃。変わらないペースで米を噛みながら真衣がもごもごと口を動かす。
「いや、なんも。なんかその部分に関しては踏み込んじゃいけない雰囲気があるというか」
「えー? なんでよっ! 真衣だって知りたいでしょーに」
「うーん……慣れるとどうでもよくなるよ、そのへんは」
 スティック状に切り揃えられた人参をモリモリ食いちぎりながら、里乃は不満げに目を細めた。机を人差し指でカツカツとせわしなくつっつく。
「なーにそれぇ。ねーもっと相沢君のこと調べてきてよー、気になるじゃんじゃんじゃんっ」
「じゃんじゃん気になるなら自分で直接話しに行けばいいのに」
「きっかけがないもん……しょーがないな、向こうのクラスの女子にも人脈広げてじわじわとあぶり出すか」
 どうしてこうも夕兎が話題になるのか、既に本人のことを知っている真衣にはいまいちよくわからなかった。ひょっとして自分はどこか鈍いのではないかとふと心配が頭をよぎる。
 2人の弁当箱が空になったところで、里乃がバンと両手で机を叩いて勢いよく立ち上がった。まるで戦場に赴く戦士のような鋭い目つきで教室の入り口をにらむ。
「っしゃ、それじゃさっそくきっかけ作りに行ってくんよ! 昼休み終了ぎりぎりには戻るっ」
「次の授業は教室移動だかんね。忘れてるでしょ」
「あれっ、そうだっけ? じゃ、あたし時間割間違えて……やっばぁ、向こうのクラスの子からテキスト借りれないか訊いてくるわー」
 里乃のことだから、テキストを調達するついでに向こうのクラスとの人脈も自然に出来ていくんだろうな、と真衣は思う。この溢れる行動力を見ていると、そのうち学校中に里乃の顔が知れるのではないかという気がしないでもない。
 里乃が立ち去るのと入れ替わりに、男子生徒数人のグループが真衣の方に寄ってきた。いつも真衣とゲームの話で盛り上がっている友達だ。
「一瀬、ちょっといいか」
 男子の一人が手に持っていた携帯ゲーム機を差し出し、真衣が受け取る。スピーカーからはボス戦の緊迫感に満ちたBGMが鳴り響いている。
「そいつ何回やっても倒せないんだけど。なんか攻略法間違ってんのかな?」
「攻略っつーか……こいつはとにかく攻撃パターン覚えて、ミスしないで避け続けるしかないよ」
 そう言いながら、真衣は素早い操作で次々と敵の攻撃をかわしていく。猫背でゲームをプレイしている真衣の手元を見るため、男子たちも背を丸めて顔を画面に寄せる。
「すげーな、なんだその指さばきは」
「ここはもう暗記だって。指が覚えてんの」
 クラスの中では真衣のゲーマーとしての腕前はずば抜けていて、こうして男子たちがゲームの攻略法を訊きに来るのは日常茶飯事と化していた。加えて真衣は大抵のジャンルのゲームに詳しいので、男子が集まってゲームの話をしているときは、もっぱらその会話の中心に真衣がいるのだった。
 真衣が真ん中に座り、それを囲むように男子たちが立っている。その光景を、先ほど教室を出て行ったはずの里乃がドア越しにこっそり見つめていた。
 怪しげな笑みを浮かべてつぶやく。
「真衣はほんとにモテるねぇ」
 白い歯を見せてにしししと笑いながら、里乃は教室を離れていった。

 その日の放課後。部室の入り口、ドアに貼り付けられた大きな張り紙を見て真衣が思わず呟く。
「……千鳥先輩の仕業だな、こりゃ」
 ぶっとく書かれた「ゲー音」の文字。どうやら筆を使って書いたらしく、激しく強弱のついた線とその周りに飛び散った墨が異様な存在感を放っていた。
 その右下には、シャーペンで「ゲー音はゲーム音楽部の略だよ! 入部希望者待ってるよ!」と補足されている。「ゲー音」にはやたらと力が入っているのに、なぜかこちらの文章は殴り書きの手抜き感が漂っていた。きっとあの人は主役にしか興味がないタイプなのだろうと思う。
 ドアを開けて部室に踏み入ると、パイプ椅子に座ってヌンテンドーDSで遊んでいる夕兎の姿がすぐ目に入ってきた。
「あっ、真衣おかえりー」
「ただい……いや、なんで『おかえり』なの? 今来たばっかだけど」
「うちの部定例の挨拶にしようと思って」
 夕兎が足踏みしてパタパタと音を鳴らす。今日はまだ部室に来ているのは夕兎と自分だけのようだ。夕兎の隣に置いてあったパイプ椅子に腰掛ける。
 ふと、スカートの端からすっと伸びた夕兎の足が目に入った。里乃の言う通り、確かに男の子とは思えないほどきれいなフトモモだった。
 無意識に凝視しそうになり、慌てて視線をそらす。里乃のやつ余計なイメージ刷り込みやがって……そう内心毒づきつつ、気持ちを切り替えるために夕兎に話を振った。
「何遊んでんの?」
「ドクタームリオだよ。ウェアで配信されてるやつ」
 真衣に近づけるように、夕兎が椅子をずらして座り直した。夕兎は人と話すとき相手のすぐそばに密着する癖があるらしく、こうして肩がくっつきそうな距離で顔を合わせるのも珍しいことではない。
 最初はどぎまぎしていた真衣だったが、これが夕兎にとっては普通の距離感なのだと気づいてからは特に気にならなくなった。
「真衣はパズルゲームは遊ぶの?」
「そこそこ。アニキがトテリスめちゃくちゃ強いんだけど、その相手することが結構あるねぇ」
 夕兎がふいと顔を近づけてくる。こちらの話に興味を持ったときの反応だ。
「ねね、真衣のお兄さんってどんな人なの? よく話に出てくるよね」
「どんなって……まあ、とにかくゲーム好きというか。他に説明しようがないな」
「一緒にゲーム遊んだりする?」
「しょっちゅう。子供のときからずっとそう」
 親の食べているおかずを物欲しげに眺めている子供のような、うずうずした視線を夕兎が投げかけてくる。
「いいな、いいなっ。僕んちだと姉ちゃんはトテリスくらいしかゲームやらないし、他の家族もゲームしないから、一緒に遊ぶ人いないんだよう」
「はは、まあ確かに兄弟でゲーム遊べるといいけどさ。でもアニキとは結構年が離れてるから腕前もだいぶ差があって、『一緒に遊ぶ』ってか『遊んでもらってる』って感じが強いよ」
 いつも当たり前のように兄と遊んでいたので気づかなかったが、確かに趣味の同じ家族がいる自分の環境は恵まれているのかもしれない。夕兎の羨望の眼差しにほんのりと優越感を覚える。
「そういえば……よく考えるとうちのアニキって結構変わり者かも」
「どんなふうに?」
「例えば、『ゲームは一日一時間』とかいうルールがうちの家にあってさ。ずいぶん昔にアニキが提案したんだけど」
 夕兎が目をぐいっと開き、さらに顔を真衣の方へ近づけてくる。
「えっ!? ゲーム好きなのに、わざわざ自分で時間制限設けてるんだ!」
「違う。毎日必ず一時間以上ゲームで遊べって意味」
 今度は体をのけ反らせるようにして夕兎が驚く。夕兎と言い姉の千鳥と言い、この姉弟は本当に表情やリアクションが多彩だなぁと、まるでゲームのキャラクターを観察するような調子で真衣はその様子を見ていた。
「何それすごいっ! えっ、じゃあテスト前なんかでもゲームしなくちゃいけないの?」
「んーや、さすがにそういうときは除外してくれる。基本的には一時間以上、ってだけだから。
 あとね、『漫然と遊ぶだけじゃだめだ』ってよく言ってて。ゲームソフト一本クリアするごとに、感想文みたいなの書かされるんだよ」
「感想……えっ、どういうこと?」
「何がどう面白くて、どこがどうつまらなかったか、自分なりの見解を書けって言われてる。ただゲームに遊ばされるだけじゃなくて、能動的に考えて遊べ、っていうのがうちのアニキの持論なんだよ」
 へええええ、とやけに長い感嘆の息を夕兎が漏らす。恥ずかしげに真衣が自分の髪をいじり始める。
「いや、変な習慣だなーって思うけどね。うちだけだろうし、そんなことやってんの」
「全然変じゃないよ。そっかあ、真衣のお兄さんは教育熱心なんだね」
 この手の話を人にするとだいたい不思議な顔をされるのだが、夕兎はわりと真剣に興味を示してくれているようだった。いろいろな反応を返してくれるので喋る側としても面白い。そういう意味で、夕兎は聞き上手なんだなと思う真衣だった。
 まるで会話に一区切り付いたのを見計らったかのように、タイミングよく部室のドアが開いた。
「筆はないでしょ、筆は! こんなん貼ってあったらびっくりして入部希望者が逃げちゃうわよ!」
「わかってねーなー実(みのり)は。インパクトがなきゃ世の中食っていけないぜ?」
 ドアの貼り紙をバンバン叩いて怒る実を屁とも思っていないらしく、千鳥は考えの読めない笑顔でいつものようにけたけた笑っている。背負っていたギターケースをテーブル代わりの卓球台の上に置き、やけに甲高い声で挨拶をかます。
「しょくーん! 元気してるか!」
「おかえり姉ちゃーん!」
 夕兎が目に見えない尻尾を振って姉の帰りを歓迎している。いつものようにベタベタしている相沢姉弟を、いつものように実がイヤっそうな顔でにらみつけていた。
 腕を組んで不満そうな様子を見せつつ、実が話を切り出す。
「さて、と。さっそくだけどみんな、楽器の調達は済んでる?」
「はいっ。僕のベースと姉ちゃんのギターはお父さんが買ってくれました」
「結構いいの買ってもらったんだぜー。ほら」
 千鳥がギターケースを開けてギターを引っ張り出した。いかにも千鳥好みの目立つデザインで、赤いボディが派手な光彩を放っている。
 おもむろにギターを構えると、千鳥は軽快にギターを鳴らし始めた。真衣の顔に驚きの表情が浮かぶ。
「あれっ。先輩、なんかもう結構弾けちゃってますね」
「だろ!」
「ただのコード弾きだけどね」
 わざと水をさすように実がぼそっと呟いた。しかしそれを自分で打ち消すように続ける。
「ま、千鳥はわりと天才肌だからね。昔から」
「ですよねー。姉ちゃんがうちで練習してるとこ見てるんですけど、ほんと慣らすの早いですよ」
 夕兎が自慢げに主張する。本当にこの姉弟は仲がいいなと思いつつ、真衣がふと疑問を口にした。
「そういや夕兎のベースは?」
「今日は持ってきてないよ。うちで練習はしてるけど」
 ちなみに以前千鳥が購入してきた練習用ギターは、部室の隅のギタースタンドに立てかけられていた。真衣は自分用のギターが調達できなかったので、もっぱら部室でこのギターを弾いて練習している。
 いつものように、実が話を総括し始めた。
「とりあえずみんなだいたい楽器は揃ったみたいね。千鳥は自分用のギターが手に入ったわけだから、部費で買った練習用ギターは真衣ちゃんが一人で使っていいわよ。借りて帰っちゃっても構わないわ」
「あっ、はい。ありがとうございます」
「はい、じゃ次。新入部員についてなんだけど……」
 実は肩を落とし、首を傾けて悔しそうな顔を見せた。
「今のところ、真衣ちゃん以外に入部希望者はなし、と。結構必死に勧誘したんだけどねー」
「僕もクラスメートを誘ってみたんですけど、思ったより反応悪いですねー。ゲーム音楽は好きだけど自分で弾くのはそんな興味ない、って感じの人が多くて」
 夕兎と実がため息をつく。千鳥は口元に笑みを浮かべたまま、眉間にシワを寄せてうぅーんと唸っていた。
 最近わかったことだが、どうも千鳥は怒っていようが困っていようが、口元だけは常にニコニコしているのが癖らしい。おかげでいつも何を考えているのか、未だに真衣には読み取れないのだった。
 実が今度は真衣に話を振った。
「そっちの方はどう? だれか興味だけでも持ってくれたりしない?」
「うーん、なんと言うか……。みんなはっきりとは言わないんですけど、まだできたばっかりの小さい部だから遠慮する、みたいな空気を感じるんですよね」
「あぁー。そうかそうか」
 実はあごに手を当て、納得したように数回頷いた。
「確かに、まだ何の活動もしてないに等しいしね、外から見たら。音楽系の部は他にもある訳だし」
 天井を仰ぎ、実が考え事を始める。しかしそちらの結論が出るより先に今度は千鳥が提案した。
「だったらなおさらさ、ライブ成功させればいいじゃん。学祭でしっかり目立って『面白そう』って思わせるのが一番でしょ。んで来年以降どんどん部を大きくしていけばいいよ」
「……なるほど。結局そういう結論に行き着くのかもね」
 実が目をつむり、すぅっと息を吸い込んでから、ぱちりと目を開いて部員たちを強い視線で射抜く。
「これで目標もはっきりしたわね。単に遊び半分でやるんじゃなくて、学祭でお客さんの気持ちをガッチリ掴むの。そのつもりでこれから数ヶ月過ごすよ。いいわねみんな?」
「はいよっと」
「はーい!」
「えっと……はい」
 元気のいい千鳥や夕兎とは対照的に真衣の声は小さく、勢いがない。
 真衣はまた戸惑っていた。この部室独特の奇妙な空気に。
 楽器を触り始めたばかりの自分たちが、およそ半年後の学祭でライブをする。しかも、ただやるだけじゃなくてお客にウケないといけない。正直言ってハードルが高すぎると思う。
 しかしそれを宣言した実には何の迷いも感じられないし、千鳥も夕兎もそれについていくのが当然といった雰囲気だ。
 さっきまで部室でまったりと雑談をしていたはずなのに、いつの間にか戦地にでも放り出された気分だった。自分もそのライブに参加することになっている、という当たり前の事実に冷や汗がにじむ。
 不意に、夕兎がすっと真衣に顔を近づけてこうささやいた。
「大丈夫だよ。実先輩と姉ちゃんが引っ張っていってくれるから」
 夕兎が優しげに微笑む。自分の焦燥を見透かされていることに気づき、恥ずかしさで真衣は目を伏せた。
 どうしてそんなに自信があるんだろう。夕兎たちの態度に疑問を感じつつも、どこか納得できてしまっている自分に気づく。この人たちについていけば上手くやれるという、根拠のない安心感がなぜかうっすらとわいているのだった。
 実がパンパンと手を叩いて部員の注目を集める。
「はいっ、というわけでさっそく練習しないとね。教本も各自買ったと思うから、まずはしっかり基礎を固めていきましょう」
「先輩先輩!」
 夕兎がビシュッっと勢い良く手を上げる。そばにいた真衣はびっくりして思わず顔を後ろに引いた。
「ライブでは何の曲をやるんでしょうか!」
 夕兎の元気の良さに気圧されているのか、きょとんとした顔で実が答える。
「それは……まぁ、これから各自の好きな曲を選んでいけばいいんじゃないの」
「そうです、好きな曲をやりたいですよね。でも、実先輩ってひょっとしてゲームやったことないんじゃないですか?」
「あ」
 そういう意味か、と気づいた様子の実。すかさず夕兎が手に持っていたDSを差し出した。
「というわけでですね、今日は先輩にドクタームリオをやってもらおうと思ってるんです。初心者でも遊べるシンプルなゲームなのでっ」
 夕兎の満面の笑みがまぶしい。と同時に、その笑顔の裏の意図にもすぐに気づけてしまう真衣だった。
 部室でゲームを遊びたい、というのが夕兎(と真衣)の心情なのだ。しかし実はいまいちそれを快く思っていない。実にもゲームの楽しさを理解してもらって、味方に引き込みたいという算段である。
 おそらく実もそれに気づいているだろうが、ゲーム音楽を演奏するのにゲームを全く知らないのはおかしい、という夕兎の理屈を前にして首を横に振れない状態のようだった。
「…………」
 夕兎から受け取ったDSの画面を不安げに実が見つめている。まるで、宇宙人からいきなり用途不明の謎の物体を手渡され、「後は頼んだ」と言われたかのような顔だった。

 実が生まれて初めてゲーム機に触ってから30分。事態は混迷を極めていた。
「あっ、先輩そういうときはBボタンで逆回転した方が早くてですねっ」
「えっ!? えーとえーと……Bボタンってどれだっけ!?」
 ルールを説明する以前に、実はそもそもボタン操作に全くついていけなかった。カプセルを左右に動かし、それから回す、という動作がとにかく遅い。ぐちゃぐちゃに積みあがったブロックをどうすることもできずにすぐゲームオーバーになる、という不毛な失敗を繰り返していた。
 夕兎は必死に説明したり応援したりしているのだが、熱心になればなるほどどんどん顔が実に近づいていくのがまずい。吐息のかかりそうな距離でアドバイスを受けている実はさっきから顔が真っ赤である。
「ゆっ、夕兎君近い近い近いっ! 嬉しいけどアタマ沸騰するからやめて!」
「あぁっ、今のカプセルは右上に積んだ方が良かったですよっ」
 夕兎の忠告もむなしく、また画面にはゲームオーバーの文字が浮かんでいた。実の取り乱しっぷりがおかしいのか、さっきから千鳥が一人でのけ反って大爆笑している。
 その光景を少し離れたところから見ていた真衣は、兄が前に言った言葉を思い出していた。
『ゲームに慣れてる人からしたらさ、ボタンがいくつコントローラに付いてようが問題ないけど、初心者からしたら、たった2つ3つのボタンを使い分けるのだって一苦労なんだよ』
 初めてゲームに触れる人にその楽しさを伝えるのは難しい、ということをよく兄が言っていた。ゲーム好きな友達とばかり付き合ってきた自分にはいまいちその意味がわからなかったが、今こうして実の慌てふためく姿を見ていて、確かにそういうものなんだなと思わざるを得なかった。
 とにかくこのままだと実がゆでダコになるのも時間の問題だ。ここは一旦休憩を挟んで気分をリセットした方がいいと思い、真衣が口を開く。
 しかしこちらの声が出るより先に、千鳥が再びけたたましい笑い声を上げた。
「だっはーっ! もう汗だくじゃん、どんだけ緊張してんだよ。面白すぎるっつーの!」
「うっ、うるっさいわね! あんたこそどんだけ笑えば気が済、あっ」
 実が千鳥を怒鳴りつけようと振り向いたとき、緊張の汗でべたべたになった実の手から、DSがするっとすり抜けた。
 重力に従ってDSが落ちていく。拾い上げようと反射的に伸ばされた実の手は、逆に上からDSを叩きつけるような形になり、さらに落下速度を増す要因となる。
 ガチャッ、と嫌な音を立ててDSが床に激突した。
 急いで拾い上げようと実が手を伸ばす。しかしそれよりわずかに早く、夕兎が床に落ちたDSを掴み取った。結果的に夕兎が実の手をはじき飛ばすような格好になり、ビクンと肩を震わせて実は手を引っ込めた。
 夕兎がDSをいじっている。必死すぎて顔から表情が抜け落ちていた。夕兎の無表情を初めて見た真衣の背中に思わず寒気が走る。
 実は顔面蒼白のまま夕兎の様子を見て固まっている。部室の空気が一瞬で凍りつき、誰もが黙り込んだ。
 ぽつり、と夕兎が小さな声をあげる。
「……つかない」
 何度も電源ボタンをいじる。全く反応がない。
 実がかすれた声を漏らした。
「あの……ごめん。ごめんね? えっと、弁償するから……ね?」
 突然暴力を振るった主人の顔色をうかがう犬のような、びくびくした様子だった。緊張がこっちにまで伝わり、思わず真衣はごくりと喉を鳴らす。
 相変わらず感情の見えない顔のまま、夕兎がぼそぼそと喋り始める。
「でもこれ」
 くしゃぁ、と夕兎の顔が歪み、瞳の端に涙の粒が浮かんだ。
「誕生日にお母さんに買ってもらった、大事な」
 しゃくり上げて、夕兎の声がそれ以上出なくなった。実はこの世の終わりを見るような顔で、先ほどまでとは違う、内臓から染み出るかのような濃い汗を垂れ流している。
 次に誰が喋っていいのかわからない。そういうどうしようもない沈黙を、千鳥がいきなりぶち破った。
「だいじょーぶだって。修理に出せばなんとかなるから!」
 泣きじゃくる夕兎をあやすように、その頭を千鳥がぐりぐりとなで回す。と同時に、実に目配せして「ごめんな」と口の動きだけで伝えた。
 先ほどの実に対する挑発が間接的にDSを壊す原因になった、ということへの謝罪なのだろう。あれだけ派手に笑っていたのに、さらっと千鳥が反省の態度を示したのが真衣にとってはかなり意外だった。と言うよりも、「千鳥が実に謝る」ということ自体が何か異次元の出来事のように思えてならない。
 千鳥の言葉にほぐされるように、実の体を縛っていた緊張と恐怖が溶けていく。
「お、なんかあったの?」
 いきなりだった。部室の入り口の方から予想外の人物の声が聞こえて、思わず真衣は椅子から腰を浮かした。
「いっ、いつからそこいたんすか? 信一先輩」
「ん? いや今来たとこだけど」
 実の兄、信一だった。他の部員に比べて部室にいる頻度が低いので、突然来られると何故かびっくりしてしまう。
 泣き顔の夕兎とその手元にあるゲーム機を見て少し考えたあと、信一はあっけらかんとした顔でこう言い放った。
「ひょっとして実にゲーム機貸してぶっ壊されたんじゃないの? 実は機械オンチだからな、俺も昔パソコン貸してキーボードへし折られたことがあったよ」
「おっ、折ってないわよっ! 力入りすぎてケーブルがちぎれそうになっただけでしょ!」
 実がいつもの調子で咆哮を上げ、信一と千鳥がけらけらと笑い出す。その光景がおかしかったのか、泣き顔だった夕兎も一緒になって笑い始めた。
 その様子を傍観していた真衣はただ一人、ぽかんとした顔をしていた。
 ほんのちょっと前、部室の空気が凍りついて、今にも険悪な雰囲気になりそうな状態だったはずだ。どう口を挟んでいいのかわからず、真衣はただずっと見ていることしかできなかった。
 なのに、気づけば夕兎の表情には朗らかな色が戻っていた。実は改めて夕兎に謝っていたが、先刻のような異様な緊張感はもうどこにも残っていない。
 まるで夢でも見ていたかのような、あるいは手品に化かされたかのような。真衣の目には、それが不思議な光景としてぼんやりと映っていた。


→第三話へ

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